なぜ今、「統合思考経営」なのか?
~ESGを踏まえた長期にわたる価値創造のために~
その後の「タクソノミー3兄弟」(その1)
Table of contents
前回 (10) からずいぶん時間が空いてしまいました。今回は、タクソノミー・シリーズの〆として、EUタクソノミー規則の「3法案パッケージ」に関する最新状況と日本企業への影響を解説します(ただ、分量が多いので三回に分けます)。筆者は、このパッケージを「タクソノミー3兄弟」と呼んでいます。
それにしてもタクソノミー3兄弟を理解すればするほど、「2050年を見通せば、もはや、サステナビリティ(環境と社会)を考慮しない経済活動は許されない!」というEUの強い意志を感じます。EUの法律とは言え、早晩、世界的な標準となる可能性もあり、特にグローバルに事業展開する日本企業は金融機関を含め、「外濠は埋まりつつある」と緊迫感を持って対処するべきです(本当は逆で、プロアクティブに自ら状況を創るべきなのですが)。
サステナブル投資(ESG投資)を促進する「タクソノミー3兄弟」
- TR:サステナブル投資を促進する枠組の確立に関する規則(タクソノミー規則)
- SFDR:資産運用事業者等のサステナビリティ・リスク情報の開示に関する規則
- LCBR:投資インデックス提供者の気候ベンチマークに関する規則※1
TR: Taxonomy Regulation (2020/852)
SFDR: Sustainable Finance Disclosure Regulation (2019/2088)
LCBR: Low Carbon Benchmark Regulation (2019/2089)
タクソノミーのキモは、全資本市場参加者を法律でサステナブル金融に方向転換させること
- (※1)正確には、「ベンチマーク規則 (2016/1011)」の改訂と「気候ベンチマーク」の導入である。
- (注)いずれの規則もEUの法律であり、細則は「委任法」(政令)で別途規定される。
- (資料)EUタクソノミー関連の資料を基に筆者作成
EUの法律として、3規則の成立
2018年5月に欧州委員会は、サステナブル投資(ESG投資)に関する3法案パッケージ(TR、SFDR、LCBR)を閣僚理事会と欧州議会に提出しました。3法案は相互に関係するものですが、その中核をなすのが、サステナブルな経済活動の分類(タクソノミー)を体系化したTRです。
TRは、その後2020年6月にオフィシャル・ジャーナル(EU官報)に掲載され、翌7月に法律として発効しました※2。SFDRとLCBRについては、日本ではあまり話題になりませんが、実はいずれもTRに先立って2019年12月に官報に掲載されています。つまり、TRの成立をもって、3規則はすべてEUの法律となったのです。ただし、それぞれの実務的な「細則」は、欧州委員会による委任法(Delegated Act:政令に相当)で別途規定されます※3(詳細は後述)。
- (※2)欧州委員会の提出した法案が、欧州議会と閣僚理事会に承認されると(多くの場合は修正案)、官報に掲載され、その20日後に正式に法律として発効する。
- (※3)細則案は法案(本則)と並行して、個別の専門家グループ(諮問委員会)で検討されることが多い。
ここで一つエピソードを申し上げると、TRについて2019年12月に欧州議会と閣僚理事会が政治的合意に達した時、米国のあるコンサルタントは高揚感をもって、「The Third of Headline Regulations」(三番目の重要規則)と表現しました※4。つまり、欧州委員会が2018年に策定した10の行動計画から成る「サステナブル金融のためのアクション・プラン」の着実な実現※5に向けて、鍵を握る3計画がすべて法律になったという意味です(【統合思考経営8】図表16参照)。
- (※4)https://www.debevoise.com/insights/publications/2020/01/taxonomy-regulation-agreement-between
※リンク先は、外部サイトとなります - (※5)「アクション・プラン」の内、TRはアクション1、SFDRはアクション7、LCBRはアクション5に相当する。
3規則の対象者と開示義務
3規則の適用対象者と義務的開示項目を簡単に整理すると、図表24のようになります(詳細は後述)。これを見ると、資本市場エコシステム(すべての資本市場参加者)を絡め手で「サステナブル金融」に導くという欧州委員会の意志が分かります(【統合思考経営8】図表19参照)。
図表24:「タクソノミー3兄弟」の対象者と開示項目
規則 | 適用対象者 | 主たる開示項目 |
---|---|---|
TR | 金融機関、大企業※ | 企業全体と金融商品の「タクソノミー適合率」 |
SFDR | 資産運用事業者、投資助言事業者 | サステナビリティ・リスクの統合、デューデリジェンス方針 |
LCBR | 投資インデックス提供者 | EU CTB(気候移行ベンチマーク)、EU PAB(パリ協定適合ベンチマーク) |
- (※)EU指令であるNFRD(非財務情報開示指令2014年)に基づく、従業員500人以上の上場会社、銀行、証券、保険会社(現地法人含む)
- (資料)EUタクソノミー関連の資料を基に筆者作成
TR(タクソノミー規則)で「グリーン」と認定された産業は?
TRの新しい気候変動「グリーン・リスト」
TRの委任法(フェーズ1)は2020年12月に欧州委員会にて採択され、現在、欧州議会と閣僚理事会の精査中で、この4月には確定の見込みです(本稿執筆時点では確認されず)。適用開始は2022年1月です。TEGの最終報告書(2020年3月)に比べて、この委任法で認定された「気候変動に対してサステナブルな経済活動」の数は増えており、緩和が9産業90活動、適応が13産業98活動となっています。それぞれの「技術的スクリーニング基準 (TSC) 」にも変更があります。図表25は気候変動の緩和(低・脱炭素)に貢献する経済活動(グリーン・リスト)を示します。
気候変動の「緩和」におけるスクリーニング基準の変更
TR委任法 (ANNEX I) による気候変動の緩和のスクリーニング基準について、TEG最終報告書からの大きな変更点を整理すると、以下のとおりです。
- 経済活動の新規追加と細目化:新たに追加された産業は、「2.環境保護・修復」と「9.専門的科学技術サービス」である。他方、細目化された産業は、3.製造業、5.上下水道・廃棄物、6.輸送、7.建築・不動産であり、イネーブリング活動が多い。認定活動数は70から90に増えた。
- 一部TSCの強化:例えば、新築ビルのエネルギー効率の認定基準が強化された。NZEB(近ゼロエネルギービル)からの2割減目標という閾値は変わらないが、延床面積5,000m2以上の大型新築ビルでは、新たにLCAと気密性強化が義務付けられた。
- トランジション活動の閾値の相対化:TEGではエネルギー多消費型のトランジション活動の閾値は、EU-ETS(排出量取引)基準(2021年~2026年)の厳格適用であったが、業界の事業所実績の上位10%の平均値となった(つまり緩和?)。日本企業が主張してきたBAT(最良入手技術)論争は不要となったが、この閾値の相対化は大きな変更点といえる。
- (注1)認定されたサステナブル活動の産業分類については、中分類と細分類が混在している(例えば、6.5自動車製造と3.15硝酸製造)。その結果、TRがグリーン産業をニッチ化させ、膨大な資金が本来のグリーン産業に流れ込まない恐れがある、との指摘もある。
- (注2)委任法では個別経済活動の詳細な背景や閾値の根拠は削除され、簡潔なTSCとなった。しかし、逆に「DNSH」基準は精緻化され、中でもサーキュラー・エコノミへ―や生物多様性は詳しく記述されており、TR委任法(フェーズ2)の素案となるものと考えられる。
- (注3)TEG最終報告書から変更のなかった点としては、製造業の閾値は製造段階のGHG排出量の生産量原単位である。ただし、今後はLCAの導入が検討される予定である。
金融機関と大企業の「タクソノミー適合率」の開示義務とその影響
上記のように決まったタクソノミーに従って、EU域内で事業を行う金融機関と大企業は2022年1月から統一された様式で情報を開示する義務が生じます。その中で注目すべきは「タクソノミー適合率」です。金融機関は全投融資や金融商品に対して、大企業は売上高に対して、グリーン・リストに該当する経済活動の占める比率を計算する必要があります(図表26)。
図表26:金融機関と大企業のグリーン・リストに基づく開示義務
EU法令 | 金融機関 | 大企業 |
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規則・指令 | 規則SFDR(2019年) | 指令NFRD(2014年)改訂予定※ |
TRに基づく 開示内容 |
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- (※)2021年6月に大企業の開示要件を定める委任法が策定される予定。開示開始は2022年1月から。
- (資料)EUタクソノミー関連の資料を基に筆者作成
金融機関は投融資ウエイトに応じて「投融資タクソノミー適合率」を計算することになりますが、その元になるのは大企業の「売上高タクソノミー適合率」です。つまり、企業が適合率を開示しないと、金融機関は適合率を計算できない仕組みになっています(図表27)。
このような適合率の開示義務は、どのような効果や影響があるのでしょうか?まず、金融機関が投融資先企業の脱炭素に向けた取組(現状)を単一指標により横並びで比較することができます。また特定企業の時系列変化も知ることができます。一方、適合率の見劣りする企業では、投融資の撤退や資金調達コストの増加につながる懸念があります。さらに将来「ブラウン・リスト」が導入された場合には、資金調達が困難となることも想定されます。
それゆえ、大企業には脱炭素に向けた事業ポートフォリオの戦略的な見直しが不可欠となります。同様に、金融機関にもゼロ・カーボンをめざす金融・投資商品ポートフォリオの戦略的な対応が必要なことは言うまでもありません。
気候変動の「適応」に認定された産業
最後に「適応」に触れておきます。TR委任法 (ANNEX II) による気候変動の適応に貢献する産業は、緩和の9産業に加えて以下のユニークな4業種が認定され、合計13業種となっています(適応98活動の個別紹介は省略)。なお適応のTSCは、緩和の定量基準とは異なり、いずれも記述的な定性基準です。もちろん、DNSHはあります。
- 金融・保険業:気候関連リスクの損害保険(モデル化・価格化、商品設計など)、再保険
- 教育:学校教育や職業教育などあらゆるレベルでの適応の普及啓発
- 健康・ケア事業:在宅看護・介護
- 芸術・エンタメ・レクレーション:芸術文化、娯楽、博物館、歴史・自然遺産保存など
適応とは、気候変動リスクに対するレジリエンス向上のためのリスク評価・特定・対処を意味します。この委任法では「その経済活動に重大な影響を与える気候関連の重要な物理リスクを低減するための物理的・非物理的解決策を実施すること」とされています。つまり、TCFDのような移行リスクを含まず、物理リスクに限定して「適応ソリューション活動」を認定しています。そのための気候関連リスク要因 (hazards) の分類が提示されています(図表28)。
いかなる産業・経済活動も間違いなく気候変動の影響を受けます。ただし、その内容や程度、発現時期は異なります。それゆえ、各経済活動における損害・損失や事業継続インパクトを最小化するために、経済活動の規模・事業特質や事業スパンに応じて、気候リスク・脆弱性評価を行う必要があります。投資の観点からは、事業期間10年を超す適応ソリューション活動ではシナリオ分析を含む高度な評価方法が求められます。
図表28:「適応ソリューション」のための気候関連の物理リスク要因
物理 リスク |
温度 | 風 | 水 | 土壌 |
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慢性 |
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急性 |
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- (資料)欧州委員会「TR Draft Delegated Act ANNEX II (APPENDIX A) 」(2020年12月採択)を筆者仮訳
次回(12回)は、「タクソノミー3兄弟」のSFDR(情報開示規則)と日本企業への影響について解説します。
(つづく)